『フラッシュフォワード』ロバート・J・ソウヤー
時間SFは何も肉体を伴った時間移動、いわゆるタイムトラベルやタイムスリップ(自ら時間移動を行うのがタイムトラベル、意思と関係なく巻き込まれてしまうのがタイムスリップ)を扱うものだけではない。今回紹介する『フラッシュフォワード』は、「意識のみ」のタイムスリップを描いた作品だ。しかも全人類同時の。
ヒッグス粒子を発見するための実験によって、全世界の人間が同時に、しかし各々別のビジョンを見る。調査によってそのビジョンは、人々の意識が1分43秒間だけ、21年後を知覚したものだったことがわかる。それを期に変化する世界。望まぬ未来から逃れようとする者。未来は変えられないと受け入れようとする者。果たして、「フラッシュフォワード」は我々の未来なのか、、、
最新科学を扱ったワンアイディアを、これぞSF、という骨太な思弁と大胆な発想の物語に仕上げるソウヤーは、現在進行形のSF作家としてぜひ読んで欲しいオススメの作家だ。普通「ワンアイディア」ものというと短編が多いのだが、ソウヤーは水増しした印象を与えずきちんと長編に見合うだけの壮大で読み応えのある作品に仕上げる。『フラッシュフォワード』はその代表作のひとつ。海外ドラマ化もされたのだが、そちらは未見である。
また前回のこの項でも論じた「改変可能」「改変不可」の議論、つまり未来を知り得たとしてそれを回避できるか否かがこの作品のメインテーマでもある。SF慣れしてない人には厄介なテーマかも知れないが、比較的解りやすく描いており、時間SFを読んでいく上で常に問題となるテーマに一つの示唆を与えてくれる作品になるだろう。
そして本作のラストで人類が選ぶ、「フラッシュフォワード」現象、そして「未来」との向き合い方。科学の進歩を、様々な議論はあれど最終的にはポジティヴに受け入れようとするソウヤーの視点は、やはり真っ当なSF作家のそれであり、俺はとても好感を持っている。
なお、ソウヤーには『さよならダイノサウルス』という時間SFもある。こちらはもっと良い意味でバカバカしく(言うなればMMR的に)時間移動を扱っている。そういう振幅も含めて、ソウヤーはSF作家らしいSF作家だな、と強くお勧めできるのだ。